ソフトウェアの世界で出会う日本語

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導入

ネットワークの時代になってソフトウェアの世界はグローバル化が進みました。オープンソース文化の普及もあって世界中の色々な国の人が一つのソフトウェアを開発するのが当たり前なので、もはや普段自分の使っているソフトウェアを作ったのが何処の国の人や企業が作ったものなのか知らずに使っている事も多いと思います。

公開されるテキストは英語ですしコンピュータの仕組みやプログラミング言語にアルファベット圏の影響は強くありますが、それももはや皆の共通言語といった感じでソフトウェアの世界は国や文化の違いという意識を飛び越えてテクノロジー元にした一つの共同体ように思えます。

そんな無国籍な感じのソフトウェアの世界ですが、一方でふいに日本語に出会う事がありその扱われ方が結構面白かったりするのでまとめてみました。

Zen of Python

「Zen of Python」はプログラミング言語であるPythonの設計の思想が反映されたPythonプログラマが持つべきとされる20個の心構えです。

Zen of Pythonの「zen」とは「禅」の事です。禅は元々は仏教の流派の一つですがアメリカなどで知られている禅は日本の影響が強いようなのでここでは日本語として扱います。

全文は以下のリンク先などで見れますが「Beautiful is better than ugly.(美しいものは醜いものに優る)」という優れたプログラミングのための考え方や「Errors should never pass silently.(エラーは決して無視するな)」などの実際のプログラミングにおける注意点などが書いてあります。

The Zen of Python(日本語訳)/pygug

ちなみにZen of PythonはPythonのインタプリタ上から

import this

と入力すると全文が表示されるのでPythonがインストールされているマシンからは何時でも読むことが出来ます。

禅という言葉は日本人にとっても定義が難しいですが、英語圏の人は「Zen」という言葉をそのもの本質だとか根本といったニュアンスで使っているようです。
ちょうど僕らが「イチローのバッティング哲学」というように表現する時に哲学という言葉を本来のPhilosophyではなく、「イチローのバッティングの本質的な要素」という意味で使うのと同じ感じだと思います。

発音した時の音なんかも含めてあえて外国語で表現する事で自分達の言いたい事を強調したという事だと思いますが、多くのソフトウェアや団体がサイトのトップページに自分たちの活動理念を掲げている中でZen of PythonはWikipediaにページがあるぐらい知られていますから名付けた人の目論見は成功していると思います。

bento

bentoはサーバー設定用のプロビジョニングツールをであるChefを開発しているChef社が開発しているVagrantのBoxの名前です。Vagrantは仮想マシンを作成するためのツールで、その際に使わるテンプレートの事をBoxと言います。
なんだか少しややこしいですが要はChefという会社がVagrantというソフト用のテンプレートで自分たちの開発しているシリーズをbentoと名付けたという事です。

bentoは「弁当」から来ていると思います。弁当箱が英語だと「bento box」で、ChefのbentoはVagrantのBoxの事を指すわけですし、このtwitter(@bento_chef)のアイコンなどを見てもそうだと思うんですが、このtwitterアカウントはフォローやツイートも少なく情報も出てこないでオフィシャルのものなのかは不明です。
ただ集中線を使った弁当箱のアップはなかなかにシュールなので一見の価値はあると思います。

そもそもIT関連のツールの名前でいきなり「弁当」が出て来る時点で日本人からすると相当シュールな印象を受けますが、Vagrantが仮想マシンを手軽に扱うための物ですし、そのためテンプレートであるBoxに弁当と名付けるのは意味的には文句のつけようが無いです。

どうやら学園物のアニメやドラマなどの影響で日本の弁当が知られたようですが、アメリカやヨーロッパのランチやサンドイッチとは違う文化なので外国の人からすると弁当というのは結構興味をそそられるものらしいです。おそらく仲間内で弁当について話したことがあって「持ち運びに便利なBoxだから弁当でいいんじゃね?」というノリで決めたんでしょうが、外国の文化の楽しみ方として正しいと思います。

僕もこのbentoがきっかけでそもそもこのエントリを書こうと思ったぐらいなので、ソフトウェアと弁当の組み合わせというセンスはかなり好きです。

emoji

特定のソフトウェアの名前では無いですがemoji(絵文字)という言葉も個々数年で世界で定着したと思います。
日本では顔文字とも呼ばれインターネットの初期からあった文化で、海外でも昔から横向きで顔などを表現していたと思いますが英語圏の人がそれらを指してemojiやkaomojiとは言ってはいなかったと思います。

僕の想像ですがスマートフォンが普及した事で、かつて日本人がガラケーで行っていたようにインスタントメッセンジャーでアイコンを使ったやり取りが世界でも行なわれるようになった事で最近になってemojiという言葉も知られようになったのではないかと思います。
今ではガラパゴスなんて呼ばれてしまっていますが、以前の日本はi-modeなどモバイル通信の文化では世界の先を行っていたわけで「デジタル端末による文章のやりとりで使われるアイコン的表現」を一言で指す言葉は世界中を見ても日本語ぐらいにしかなかったんじゃないでしょうか。

さらに面白い事にemojiという言葉が浸透した事とアルファベット圏の人も文章中で使う顔の表現が横から縦になった事で以前から日本で使われていた (^o^) や (・-・) という文字の組み合わせによる顔文字も今では海外でも認知されているようです(僕が知らないだけで前から知られていたのかもしれませんが)。

なぜそう思うのかと言えばGoogle FontsというGoogleが提供しているWebサイト向けのフォントサービスで条件を指定してフォントを絞り込んだ際に、該当するフォントが無い場合はメッセージと一緒に日本式の顔文字が表示されます。読み込む毎に表示される顔文字が変わりますが、バリエーションも中々豊富です。

これだけではどの程度日本式の顔文字が海外で使われているかは解らないですしGoogleのエンジニアは特にこういうのが好きな人達が多そうって気もしますが、Google Fontsは世界中の開発者によく使われていますしわざわざ日本だけこうなっているわけもないと思うので(それならそれでサービスいいですが)、少なくとも世界でも意味が通じる程度には知られているようです。

かつてメールや掲示板でローカル的に発展した日本の若者の文化が今や世界中に浸透しているというのも中々凄い事だと思います。

Midori

MidoriはubuntuをベースにしたLinuxディストリビューションであるelementrayOSに搭載されているWebブラウザの名前です。
ブラウザとして独立したアプリケーションなのでelementaryOS以外でも使うことが出来ますが、elementaryOS同様に余計な機能をつけずに扱いやすいデザインとなっているようです。

elementaryOSもシンプルで統一された設計になっていますが、洗練されたインタフェースながらスタイリッシュになり過ぎず親しみやすいデザインとなっているのでMidori(緑)という名前はかなりフィットしていると思います。

シンプルでカッコイイLinux elementaryOS/Koltatt

jinja

jinjaはPython用のテンプレートエンジンです。このブログでも何度か扱ったAnsibleのテンプレートでjinja2が使われています。
jinjaは「神社」ですね、これはサイトのトップページに漢字でも書いてあるので確実です。
ただPythonのテンプレートエンジンに神社と名付けられた由来が全く解らないです。しかもロゴをみる限り鳥居を神社と勘違いしている可能性が無きにしもあらずです(少なくともロゴに神社の本殿は写っていない)。

ただ他のソフトウェアに色々影響も与えているらしく、テンプレートエンジンとしてはどうやら優秀なソフトのようです。

Gaiden

GaidenはGroovyを使ったMarkdonw作成の支援ツールです。
僕は使ったことが無いのですが日本語っぽい名前なのでメモしてありました。ロゴも何処と無く日本の家紋のような意匠なのでGaidenは「外伝」だと思います。

外国の人が知ってそうな「外伝」と言えば僕はNINJA GAIDENぐらいしか思いつかないんですが、なぜ外伝なのかはこれも理由は解りません。

どうして日本語が使われるのか

日本語が使われているソフトウェアを紹介してきましたが、色々と見ていくうちに特に必然性が無いのに日本語が使われている理由が気になってきたので、ソフトウェアの名前にどうして日本語が使われているのかもちょっと考えてみました。

IT業界は多国籍

冒頭でも言ったとおりネットワークの発達によってITの仕事自体に国という境界線は関係なくなっていますし、また仕事を始めるのに元手が比較的少ないこともあって色々な国の人たちが参入しやすい事からIT系の企業は他と比べて多国籍になりやすい業界だと思います。

そうなると自然と遊びで外国の言葉を使ってみようという事にもなりやすいでしょうし、もしかしたら外国の企業で働く日本人のエンジニアが名前をつけたという事もあるかもしれません。

日本はハイテク大国だった

現在は元気が無いですが、かつての日本はSonyのウォークマンなどハイテク電化製品が世界で有名でしたし、コンピュータと共に発展した分野の代表であるビデオゲームでも世界のトップを走っていました。

どちらもコンピュータに関心のある人にっては興味がある分野で、日本は世界のハイテク文化が発展していく時代の一翼を担っていたわけですからその年代を過ごした海外のエンジニアには日本の文化に馴染みがある人が多いのだと思います。

サブカルチャーの影響

ITの分野自体が社会の中で発展したため以前ほどコンピュータ好き=オタクやマニアという事は言えないもしれませんが、コンピュータやプログラミングが好きな人達はSFやビデオゲーム、アニメーションなどのサブカルチャーも好きな人が多いです。
サブカルチャーも日本が世界に強く影響を与えた分野の一つですし、ハイテク産業の勢いの衰えを考えると現在ではこちらのほうが日本が世界に誇る文化の代表と言ってもいいかもしれません。

電化製品などの「物」だけでは日本語まで知ってもらうのは中々難しいと思いますが、マンガやアニメなどの物語を通せばより深く文化を理解してもらえると思うので、僕らがハリウッド映画を通してアメリカという国に憧れを抱いたようにメディアを通して日本の文化を知り、そこから学んだ言葉を自分たちの作ったソフトウェアにつけたのではないでしょうか。

東洋文化に親しい

単に僕が外国の、もっと言えばアメリカのいわゆるギーグに持っているイメージなのかもしれませんが、そもそも彼等はそうでない人と比べると自国とは異なる文化全般に興味を持っている人が多いように思います。

これは日本でもそういう面があるので技術者全般にある傾向だと思いますが、世の中の主流の考えとは少し違った目線で物事眺めている人が多いようです。単純に「ひねくれてる」とい事ではなく別の角度から見ることで問題を解決する事はエンジニアに必要な能力ですし、他と違う視点を持つという事が技術を通じて世界にインパクトを与えて世の中をこれだけ変えたのですから、それがある意味ではハッカー精神みたいなものだとも言えると思います。

ありきたりを嫌う海外のエンジニア達は日本に限らず東洋文化全般に興味があるようで、ボクシングよりも空手やテコンドーをならったり、ハリウッドセレブの間にヨガが流行るだいぶ前から禅や瞑想に興味を持つ人が多かったように思います(スティーブ・ジョブズもかつてはヒッピーでした)。
そんな彼等からするとソフトウェアの名前に外国のニュアンスを取り入れる事は、自分たちの個性を表現するための馴染みのある方法なのかもしれません。

話はそれますが日本の場合ではソフトウェアやエンジニア界隈では何故か自転車にハマる人が多く、一時期僕もロードバイクに乗っていました。個人主義的傾向が強い人が多いとか自転車のカスタマイズがマニア心をくすぐるとかいう理由もあると思いますが、スポーツを選ぶ時でもメジャーでは無いところを選択するようです。

ただ書いていて気づきましたが国内・海外問わずエンジニアの好んだ「マイナーな趣味」が、その後広く世の中でも流行っている事も多いような気がします。やはり人違った視点を持っている人たちが周囲に影響を与えるという事はあるんだと思います。

あとがき

日本語が使われているソフトウェアを取り上げたので若干自国礼賛気味になってしまいましたが、それだけに日本の電子機器産業の衰退とITの分野で世界に遅れを取っているというのがちょっと切ない気もします。
ただ世界のエンジニアの間で日本の文化は好まれているわけですから、技術やシェアの部分でも日本の業界が盛り上がれば世界で存在感を増す可能性は十分あるんじゃないかと思います。